技術的な表現が苦手な語彙力の低い若手技術者

若手技術者の語彙力は技術的議論と技術報告書で鍛錬する

 

若手技術者に技術的な業務を任せ、その後、結果について議論をしようとしたとします。

 

 

または、同様に技術報告書を書かせ、業務内容を報告させたとします。

 

 

 

口頭での議論では、「すごい、まずい、場合によってはエグイ」といった、
定量表現とはかけ離れた言葉を用い、何を言いたいのか理解できないことがあるかもしれません。

 

 

 

それ以外では、どこかで見聞きしたであろう小難しい表現を使うだけで中身が無い、
というのも基本的には同じ状態です。

 

技術報告書では同じような表現が続いて読みにくく、
また主語と述語がずれているなど、日本語として成立していない技術文章も多くあるでしょう。

 

 

このような状況に直面したリーダーや管理職は、

 

 

「技術的な表現力が稚拙で語彙力が低い」

 

 

と感じるはずです。

 

 

 

これは自社の技術者が何かを社内外に発信する際、
仮に技術的な中身がきちんとしていてもうまく伝わらないなど、
コミュニケーションの課題として認識されていくことになります。

 

 

社内で情報共有ができずにチームプレーが崩れる、
社外への提案がうまくいかない等の課題につながっていくため、
解決に向けて取り組まなくてはいけません。

 

 

今回は語彙力の低い若手技術者に対する技術者育成の取り組みについて考えたいと思います。

 

 

 

 

 

若手技術者の語彙力の低さはいつの時代も同じだが、過去は企業のOJTでそれを改善させていた/今ほど必要性を認識されていなかった

 

語彙力の不足という意味では、昔も若手技術者は似たような状態だったと思います。

 

では何故、若手技術者の語彙力の不足に焦点を当てる必要があるのか。

 

 

ここで理解しておくべき時代背景があります。

 

 

 

今と昔では若手技術者が持っている情報の”量”が全く違う

 

一昔前の若手技術者の持っている情報は、今ほど多くなかったでしょう。

 

 

そのため目移りすることなく、目の前の仕事に集中してOJTで学んでいく機会も多かったと思います。

 

結果として、OJTで語彙力は学んでいく流れができていたのだと思います。

 

 

 

入ってくる情報が多いということは、
経験の不足する若手技術者ほど、目の前のことに集中できなくなることにつながります。

 

 

多くの情報を処理しようとするため、一つひとつの情報に割ける集中力が低下するからです。

 

 

その結果、目の前の業務に集中しにくくなります。

 

 

このように、近年の若手技術者の技術的業務に使う語彙力向上効率は低下する傾向にあります。

 

 

 

作れば売れた時代では語彙力向上に必須の活字は何も生み出さない邪魔者扱いだった

 

作れば売れた時代において”物を生み出さない”と認識されている活字の記録は、
企業でそれほど重要視されず、
口頭での報告や見た目の良いスライドによるプレゼンが情報やり取りの基本となっていました。

 

 

このようなやり方で育った今の中堅、ベテラン技術者の多くも、
語彙力という課題にそれほど向き合ったことが無いと想像します。

 

 

このような時代背景では、語彙力の低さに注意が払われることも無かったのかもしれません。

 

 

しかし、技術に関して経験豊富な技術者が去ることで技術の伝承等の問題が生じ、
語彙力が強く求められる活字媒体での記録や情報共有の重要性に対する危機感と理解が、
急速に広まったと認識しています。

 

 

 

加えて活字以外である、例えば動画等で技術的スキルを周知するにしても、
結局のところ撮影を始める前の「企画」、つまり技術者の普遍的スキルである企画力が求められ、
これも語彙力と密接に関係あります。

 

 

語彙力が無ければ適切な企画書が書けないからです。

 

 

企画書が書けなければ、動画をどのような構成にするのかも決められません。

 

 

 

何かの記録を残そう、情報共有を行おうという以上、
動画でも活字でも、やはり語彙力が必須です。

 

 

 

情報を有する若手技術者の増加とワークライフバランスという考え方の浸透が大きな変化

 

既述の通り新人、若手の技術者は情報化社会で多くの情報に触れているため情報量だけは多いため、
デジタル媒体を通じて社会をある程度の解像度で見ていることが多いようです。
そのため、会社で学ぶだけでなく、自分の手で情報を取ることが可能な時代となっています。

 

 

 

さらにワークライフバランスの意識として最も理解させやすい就業時間に焦点があてられた結果、
残業をさせずにOJTを通じて育成して即戦力とすることが求められています。

 

 

ゆったりとした時間軸で人を育てることは難しく、
短時間で効率よく技術者を育成させなくてはいけないという難題に直面するリーダーや管理職が増えていると思います。

 

しかしリーダーや管理職が効率的に若手技術者を育てようとすればするほど、冒頭に紹介したような

 

「語彙力の低さ」

 

を実感するはずです。

 

 

 

実感したものの、自らがどのように語彙力を高めてきたか理解できていないため指導ができず、
もしくはそもそもリーダーや管理職自身が語彙力に課題があるあ場合さえあります。

 

 

このようにして語彙力という技術者以前に、一社会人としての基本的な課題を解決できず、最近増えている、

 

「自らの成長が見込めないと感じた若手技術者から企業を去っていく」

 

ことにつながります。

 

 

 

今や働きやすい環境というのは必ずしも若手技術者の定着には結び付かない時代です。

 

※参考図書

 

ゆるい職場 若者の不安の知られざる理由 古屋星斗 著

 

 

 

 

 

語彙力の低下は技術者にとっての根幹的課題の一つ

 

語彙力の低下はかなり深刻なようです。

 

個人的には上述した時代背景の変化も、語彙力という課題に焦点が当たるようになった一因と感じています。

 

 

物事がうまくいっているときには、本質的な課題が見えにくくなることが原因でしょう。

 

 

 

最近も類似の観点に課題提起している記事を見つけました。

 

 

※参照情報

 

国語力の衰退は国家の衰退 今こそ求められる大人の責任 / 石井光太 氏  Wedge(ウエッジ) 2023年 11月号

 

 

この記事では語彙力低下に直結する国語力低下というものが、
家庭的要因、社会的要因、教育的要因という3つの要因によると書かれています。

 

それぞれ核家族化と教育環境の違い、
デジタル媒体を通じた情報に依存した実体験不足、
英語やプログラムなどの基礎的な語彙力以外の教育の増加、
といったことが趣旨として記載されています。

 

最後の教育的な観点については、私も近い考えを持っており、
過去にもコラムで述べたことがあります。

 

 

※関連コラム

 

技術者育成の本質である国語力に関する小学生との討論

 

これからの技術者に必須の思考型教育とは

 

 

このように、既に日本という国を見ても語彙力の低下というのは大きな課題であり、
もちろん技術者育成においても同様に重要度の高い課題と言えます。

 

 

では、リーダーや管理職はどのようにしてこの難しい課題に取り組めばいいのでしょうか。

 

 

 

 

 

心理的安全性が大前提

 

具体的な取り組み方は後述しますが、若手技術者に語彙力を高めさせるための前提は

 

「心理的安全性の確保」

 

です。

 

 

 

心理的安全性とは Psychological Safety と呼ばれます。

 

組織内において個人が対人行動を起こすにあたり、
その行動が非難されないという共通認識が存在する状態の事

 

と書かれています。

 

 

 

51チームについて検証し、育成姿勢に良好な影響を与えた一方、
業務効率に悪影響は無かったとのことです。

 

 

詳細を知りたい方は参照情報をご覧ください。

 

※参照情報

 

Amy Edmondson, Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams, Administrative Science Quarterly, 44, 2, 350 (1999)

 

つまり、リーダーや管理職は育成において心理的安全性が前提にあることを理解しておくことがポイントになります。

 

 

 

 

 

対等な技術的議論を通じて言い回しを指導する

 

技術者にとって口頭での議論は大変重要です。

 

 

技術的議論において、立場の上下は関係ありません。

 

 

特に重要なのは得られた結果や、起こった事象といった「事実」です。

 

 

 

この事実に対して、若手技術者に意見を言わせます。

 

 

 

この意見を受けて語彙力不足による課題があると感じた場合、

 

 

「言いたいことは○○ということか」

 

 

という言い回しの変更をしてあげるのがリーダーや管理職の重要な役割です。

 

 

 

若手技術者がリーダーや管理職を上回る技術的議論展開ができる可能性は低いですが、このような議論をすることが可能であると若手技術者に理解させること、そしてそのような場を通じて言い回しを修正することで語彙力を高めさせるということが狙いにあります。

 

 

 

本点を念頭に、若手技術者と技術的な意見を交換する場を定期的に設定することが肝要です。

 

代表的なものの一例は技術チームの定例ミーティングです。

 

 

 

※関連コラム

 

第1回 技術者のチームミーティングで若手が発言しない 日刊工業新聞「機械設計」連載

 

反対や否定的意見ばかり発言する技術者のリーダーや管理職に必要な一言

 

 

 

 

 

技術報告書を作成させ、その添削を通じて語彙力を高める

 

語彙力を高めるにあたって最も効果的なのはやはり

 

「技術報告書の作成」

 

です。

 

 

 

技術的な口頭での議論も重要ですが、
情報が残る活字の方が語彙力向上には効果があります。

 

 

見直しができるためです。

 

 

そのような観点から、「書く」に勝るやり方は無いと言っても過言ではありません。

 

 

 

若手技術者にとって必須ともいえる技術者の普遍的スキルの一つである”技術文章作成力”は、

 

 

「技術的な文章を、質高く、量多く書き続ける」

 

 

ということで必ず向上します。

 

 

本点において、若手技術者の取り組み姿勢も重要ですが、
何よりリーダーや管理職の粘り強さが肝となります。

 

 

 

技術報告書については過去に何度か触れたことがありますので、
詳細についてはそれらの情報をご参照ください。

 

 

 

※関連情報

 

第6回 技術報告書作成がうまくなるためにまず理解すべきこと 日刊工業新聞「機械設計」連載

 

最初に確認すべき技術報告書でよくみられるミス

 

 

そして若手技術者は書き途中ではなく最終版を必ず提出するようにし、添削された文言はコピー/ペーストせず、自分の言葉として咀嚼して習得することが求められます。

 

技術報告書作成業務に効率という考え方を”絶対に”持ち込んではいけません。

 

 

そのような隙が、結果的に技術文章作成スキルや今回目的としている語彙力向上の効率を必ず低下させます。

 

 

 

※関連情報

 

技術報告書を提出する際に気を付けること

 

添削された内容のコピー/ペーストという作業では何も力が付かない

 

 

 

 

語彙力の低下は若手技術者のスキルにおいて大きな懸念です。

 

 

 

しかしこの課題は今に始まったことではなく、昔からあることだと私は考えています。

 

 

 

今は時代背景や環境が変化したことで、それが顕在化したにすぎません。

 

 

 

 

本質的な部分というのはいつの時代も不変であり、
だからこそ気がついたらできるだけ早く着手することが重要です。

 

 

場合によってはリーダーや管理職の方々自身が語彙力に課題があるかもしれません。

 

それは決して恥ずかしいことではないのです。

 

 

 

そこに変なプライドを持って若手技術者にその弱点を隠すような姿勢で接するのではなく、
共に成長するというくらいの胆力がリーダーや管理職にも必要なのではないでしょうか。

 

 

「共に成長する」という思想が今求められていると感じます。

 

 

ご参考になれば幸いです。

 

 

 

 

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