企業は学校ではない
公開日: 2026年11月2日 | 最終更新日: 2026年11月2日

若手技術者にとって多くの技術業務は未知の世界です。
その際に、
「その領域のことを先に勉強したい」
と主張する若手技術者はいないでしょうか。
業務時間の一部に情報収集や勉強をする時間を取ってほしい、
とリーダーや管理職に訴えるのが一例です。
このような若手技術者の課題と対策について考えます。
企業は学校ではない
これは若手技術者が本当の意味で社会人になるために必要な認識の一つです。
”企業で働くこと”と”学校で学ぶこと”は基本的に違います。
”勉強になった”という発言が、
”企業組織”を念頭に置いたものか”学校”をイメージしたものかでは、
結果的に若手技術者が習得した内容に雲泥の差があります。
学校は先に学び、その内容の習得度合いで評価される
技術系の高専や専門学校の研究室生活、または理学、工学系の大学の4年生(4回生)、
そして大学院で修士や博士の学位を修める間の生活は別ですが、
それ以外の教育課程、すなわち大学学部3年生以下(3回生以下)では、
「先に学び、その内容をどれだけ理解したかという習得度合い」
で評価されます。
当然実験の授業もありレポートを書くという授業もありますが、
やはり事前に知識を与えて取り組ませるというのが一般的です。
研究室生活は本質探求の基本姿勢を叩き込まれるはずだが状況が変化
これはすべてに当てはまっているわけでなく、
大学ごと、さらに言うと研究室ごとで大きく違いますが、
「指導教官の研究姿勢に関する指導の余裕が減少している傾向」
にあるように感じています。
昔からばらつきはありましたが、指導教官を含む研究室側の余裕がなくなっているように見えます。
恐らくは研究室で突き詰めたいテーマではなく、
外部である企業との共同研究のような企業方針でテーマが決まる応用研究に近いものお手伝い、
といったものが増えているのではないでしょうか。
その理由は研究予算を自分たちで確保せねばならないことにあり、
徹底した学術界での研究者としての基本姿勢、例えば以下の様な部分を試行させる機会を与えることに、
労力を割きたくても割けられないケースが増えているのかもしれません。
研究者としての基本姿勢体得に必要な指導や経験
- 学術論文の探索方法とそれを要約した上での研究室内での議論
- 研究推進に必要な実験方法の繰り返しの指導
- 研究に使用する機器の使い方や得られた結果の解釈に関する議論
- 研究室内の備品や材料、薬品などの管理方法や廃棄方法の指導
- 参考図書の勉強や調査より、実験や試験で事実を突き詰めることの重要性
- 実験や試験の失敗とそのリカバリー経験を通じた粘り強さの必要性
上記は本来研究室で徹底指導される研究者としての基本姿勢であり、
私自身が学部の時の研究室の指導教官だった当時の准教授に叩き込まれたものです。
学生時代の自分はその重要性に気が付くこともなく厳しめの指導が嫌で仕方ありませんでしたが、
企業の研究開発の最前線に立った時、その重要性を痛感することになりました。
今でも厳しく指導いただいたことを心から感謝しています。
この内容を当時の指導教官だった先生に数年前にお伝えした際は、
「お前の様なパターン(研究室時代の指導が後に役立ったと言うこと)は珍しい」
と言われました。
企業のいる産業界では、教育課程における学術界としての研究者としての姿勢の指導不足故に、
技術者として何が本質的な部分なのかを見逃す、またはそもそも気が付かないことが増えている可能性があります。
前出の大学等の学術界の予算不足の課題に加え、
企業側も正当性に疑問符の残る情報の氾濫、そして雇用環境の変化やハラスメントリスク対応で、
本質的な技術者育成ができていないのかもしれません。
※関連連載
第28回 パワハラが怖くて若手技術者育成に取り組めない 日刊工業新聞「機械設計」連載
私自身が学生時代はあまりにも力不足だったために、
上記のような指導のありがたさを特に感じたことも十分に考えられることは加筆しておきます。
研究室で叩き込まれるべき基本姿勢は企業に勤務する技術者にも当てはまる
上記の通り研究室で叩き込まれる基本姿勢は
「知識よりも走りながら事実を実験や試験で確かめることの重要性と、
それを別の専門家と議論して抱え込まないことの大切さ」
に集約されます。
企業で求められるのはまず前進、そして相談と議論
前出の考え方は企業に勤務する技術者に求められる基本姿勢と本質的には同じです。
まず前に進む。
その上で、独りよがりにならず、周りと相談、議論しながら次の一手を考える。
必要であれば論文など然るべき情報を適切に入手し、労力をかけてでもまず自分の目で中身を確認する。
参考書を買う、セミナーに申し込む、Web検索や生成AIを使うといった前に、
リーダーや管理職の指示があればその技術業務を相談しながら進めて継続的に報告する、
指示がなければ待つのではなく自分から動いて上長に指示を仰ぐといった積極性が若手技術者に求められる基本姿勢です。
生成AIはあくまでツール
今は生成AIを使うのは当然ですが、
それはツールでしかなく技術者(研究者も含む)という人間本来のスキルを高めなければ、
結果的には人間が使われる側になり、振り回される側になるでしょう。
生成AIのアウトプットの妥当性や疑問を覚える力量が無いままそれに溺れれば、
その状態に陥った技術者は存在価値が危ぶまれることになります。
その初期症状は孤立化です。
この辺りは過去のコラムでも述べたことがあります。
※関連コラム
生成AIで得た技術的専門知識の妄信と依存で孤立化する若手技術者
では対象が若手技術者の場合、
具体的にどのようにして学校ではなく企業で求められる基本姿勢を理解させるべきでしょうか。
企業組織内では個人ができる業務スケールは極めて小さいことを経験させる
今や幼少期からの教育課程全般で重視されていることから、
既に述べた基本姿勢の中であえて書かなかったのが、
「徹底した自己考察」
です。
これは研究者や技術者として一定レベル以上になれば大変重要なものであり、
高等教育だけでなく上記の通り今や義務教育でも当たり前になっています。
これ自体を否定するつもりはありませんが、
企業に入って間もない若手技術者がそのままの思考パターンを当てはめると問題が生じます。
それは、
「一人でできる業務スケールは極めて小さいため、できることが限られる」
ことです。
戸惑い悩んだ若手技術者は孤独感を和らげる生成AI片手にさらに引きこもる
すべてに自己考察を当てはめるべきと妄信した若手技術者は”引きこもり”ます。
一日中PCの前に座り、周りも何をしているのかわからない状態です。
ハラスメントを必要以上に意識するリーダーや管理職は、
あえてリスクを取って叱ることもしないでしょう。
今までであれば孤立化した若手技術者自身もつらくなり、
それが言動として出てくるため周りも気が付きました。
しかし最近は生成AIの登場により孤立感をあまり感じない若手技術者も増えてきたようです。
閉鎖された完全自己支配の空間で生成AIと会話をして知識習得にいそしむことで、
企業組織内で浮いていると気が付かないまま、年齢だけを重ねることになります。
様々な実践経験を積める若手時代を閉鎖空間で過ごした技術者の将来が”明るくない”ことは言うまでもないでしょう。
企業組織内の人間関係の構築をさせる
学校と企業の一番の違いは、
「周りとの連携が最重要」
ということです。企業の技術者が自己考察して技術業務を進めるようになるのはもっと後です。
技術者に限らず、周りの従業員との関係構築のきっかけを与えることが、
リーダーや管理職が若手技術者に学校と企業の違いを理解させる第一歩です。
難しい技術業務をやらせる必要はありません。
時には若手技術者が”雑用”と認識するような業務をやらせ、
関連する人たちとの関係構築を進めさせることも重要なのです。
この辺りは過去のコラムでも取り上げたことがあります。
※関連コラム
人間関係が構築されて視野が広がると自分のできることの小ささに気が付く
関連部署に属する従業員との関係ができてくると、
若手技術者も見える範囲が徐々に広がってきます。
この時に若手技術者が気が付くのは、
「自分ができる業務の範囲はとても小さい」
ことでしょう。
この認識ができれば学校と違い自己完結できることは少なく、
周りとの連携が不可欠であることを感じられるようになるはずです。
100の考察や評論より、1の実践経験が最重要と痛感させる
周りとの連携に加えて重要なのが実践経験です。
Web検索や生成AIとの対話を無限に行うより、
「実験や試験の器具の準備や片づけを行う」
方が100倍価値があるといっても過言ではありません。
準備や片づけといったいわゆる”作業”の中にも、
技術的に重要な要素が含まれています。
それに気が付く感覚を身につけることが若手技術者には必要です。
考えることは悪いことでないので頭を使うことも否定はしませんが、
経験が少なく視野も狭い若手技術者が考察や評論に時間を使うことに価値はあまりなく、それよりも、
「ここは学校と違い、まずは何かしら実行に移して前に進む必要がある」
と理解させる方がずっと意味があるのです。
考える余裕のない技術業務は若手技術者を実践経験の重要性を理解させるのに向いている
若手技術者に限らず、人間が考える方向に思考が向いている時は、
「時間的に余裕のある時」
です。
余裕が無ければ考える時間はもちろん、悩む時間さえもないでしょう。
よってリーダーや管理職が若手技術者に実践させることの重要性を理解させるには、
考える余裕を与えないよう、没頭できるような技術業務を割り振ることが肝要です。
考えるという小難しいことに頭を使う猶予を与えないのです。
時間的にも厳しいものが良いでしょう。
このような取り組みは製造や生産、品質保証など常に時間との勝負の部署に限らず、
ある程度の時間的猶予が求められる研究開発にも当てはまる若手技術者育成方法です。
これについては過去のコラムで取り上げたことがあります。
※関連コラム
入社間もない若手技術者の技術専門性を高めるきっかけを与えたい
知恵の重要性はそれを得て初めて分かる
知恵と知識については過去に何度も述べたことがあります。
以下の連載はその一例です。
※関連連載
第6回 新人技術者の“知っている”ことが実務で使えない 日刊工業新聞「機械設計」連載
知っているという”知識”を求める若手技術者に共通するのは、
「知恵を持っていないこと」
です。
知恵とは
「知っていることを応用し、実践的な行動まで結びつけられる知見」
のことです。
この知恵は徹底した当事者意識と厳しい時間軸での技術業務完遂と報告という、
実践経験でしか身につけることができません。
さらに言うと知恵習得の効率が最も高いのは入社数年以内という若手技術者の間の限られた時間です。
若手技術者の時代に自分の作った籠の中に入ることの無意味さと無駄を、
リーダーや管理職は若手技術者に伝えてほしいと思います。
最後に
企業と学校は別物である。
しかし、学術界の研究室生活と企業は共通点も多いはずです。
未知のことを始める前に勉強をしたがる若手技術者は、
研究室時代に受けた指導が不十分の可能性が高いと言えます。
試行錯誤しながらも実験や試験を通じて前に進み、
周りと連携しつつまとめ(報告)を行う。
このような学術界の研究者の基本姿勢を必ずしも指導されていない若手技術者を、
受け入れ側の企業は必要な指導を行って穴埋めし、
知恵を獲得させて即戦力化する取り組みが不可欠です。
しかしながら学術界が人材育成の観点などで産業界に歩み寄ることについて私は反対です。
学術界は理論追及を極めるべき場であり、成果を求められるような産業界と歩調を合わせてはいけません。
学術界は本質を突き詰めることを通じて研究者を育成することに注力してほしいです。
テーマは産業界に貢献できないものでも全く問題ありません。
解明すべき理論の本質に近づくといったテーマは最良です。
このような研究者として適切な指導を受け、経験を積んだ学生は、
仮に学術界に残らずに産業界に入ったとしても活躍できる場面は用意されているのです。
ご参考になれば幸いです。
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