生成AIで得た技術的専門知識の妄信と依存で孤立化する若手技術者

公開日: 2025年12月1日 | 最終更新日: 2025年12月1日

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生成AIで得た技術的専門知識の妄信と依存による若手技術者の孤立は、根拠の提示と技術議論、そして実験検証の一連業務で防ぐ

 

 

技術だけでなくビジネスの世界でも聞かない日は無くなった”AI”という単語。

 

 

このAIの登場は主に定常作業の効率化という観点で、
多大なる貢献をしていると私も感じています。

 

同時に若手技術者やその育成にも影響を与え始めていると感じます。

 

 

今回はこのAI(主に生成AI)による技術者育成の典型的課題の一つである、
技術的専門知識を得た若手技術者が陥りがちな孤立と、
それによる弊害、そして技術者育成の観点からの対策を考えます。

 

 

 

 

 

Chat GPTやGeminiといった汎用的な生成AIの活用は当たり前になっている

 

これは様々な場面で若手技術者(中堅技術者も含む場合が多い)と話していて感じることです。

 

Chat GPTを中心に汎用的な生成AIを日常的に活用し、
それをプライベートだけでなく業務にも活用しているのです。

 

 

かつて紙媒体での調査からWeb検索に置き換わった状況と似ているかもしれません。

 

 

 

多くの若手技術者は業務では生成AIを使っているとは言わない

 

汎用的な生成AIを業務でも使っていると明言する若手技術者もいますが、
多くはそのようなことを言いません。

 

 

何故ならば、

 

「生成AIから得た技術的専門知識は”自分のもの”である」

 

と対外的に示したいことにあります。

 

 

多少自分で加筆修正や手直しをするとしても、
それが生成AIで得られたものであることを認めてしまうことは、
専門性至上主義のプライドが許さないからです。

 

 

”専門性至上主義も新しい時代に入った”と感じます。

 

 

 

自らの経験の無い技術的領域の専門知識を手軽に提供してくれる経験は若手技術者にとって心地いい

 

自尊心の低い若手技術者たちにとって、
生成AIは経験の無い技術的領域の専門知識を提供してくれる、

 

「夢のようなツール」

 

と映っているのではないでしょうか。

 

 

中堅技術者やベテラン技術者が積み重ねてきた長い実務経験を飛ばして、
いきなり技術的専門知識を得られることは気持ちのいいことだと思います。

 

 

大変”効率的”という表現をする若手技術者もいるでしょう。

 

 

百戦錬磨のベテラン技術者、そしてリーダーや管理職から見るとあまり理解できない心理かもしれません。

 

ただ、ご自身の若い頃を振り返ると、
程度の差はあれ同じ心理を有していた記憶をお持ちの方もいると思います。

 

自分自身も例外ではありません。

 

 

時代によらず、年代に寄らず、上記の若手技術者固有の考え方は根本的には変化していない、
と私は考えています。

 

 

 

生成AIを自己肯定感の向上に使うことを頭からは否定できない

 

若手技術者のこの気持ちのよさはどこから来るのでしょうか。

 

一言でいえば、

 

「自分は技術的専門性がある」

 

という若手技術者が求める”自己肯定感”を高められることに尽きます。

 

 

 

技術者育成において育成側の若手技術者の自己肯定感をある程度以上の位置におくことは、
モチベーション維持という観点でも重要だからです。

 

 

モチベーションが低い状態では育成効果低下は避けられず、
適度なストレスをかけながらも前向きに業務に取り組ませる必要があるのです。

 

 

 

よってリーダーや管理職は、若手技術者が生成AIで自己肯定感を高めること自体は全否定せず、
モチベーション維持に役立っているという観点を認める柔軟性が求められます。

 

 

 

 

 

看過できないのは生成AIの回答への妄信と依存

 

ここまで述べてきた通り、生成AI自体は技術者育成において頭から否定するものではありません。

 

技術的業務の実践場面では、
汎用的な生成AIができるのはあくまで”補助的な役割”と割り切れるのであればいいでしょう。

 

 

しかし看過できない部分があるのも事実です。

 

それが、

 

「妄信と依存」

 

です。

 

 

若手技術者が、生成AIの表示したものをあたかも絶対的正解と思い込み、
それに依存してしまう状況がこれに該当します。

 

 

 

自己肯定感を高めてくれる生成AIによるマインドコントロールの状態

 

リーダーや管理職から見れば、
技術業務の実務経験の浅い若手技術者は抜け漏れだらけであり、
だからこそ指摘や指導をし、成長を促すのが一般的です。

 

 

しかしこのようなやり取りは、時に専門性至上主義を抱える若手技術者のプライドを傷つけます。

 

 

技術者育成の観点でも不可欠な経験ですが、
若手技術者は成長の糧になっていると感じるだけでなく、
自信を失うという感覚が強く残ることも多いのです。

 

このような時、技術的専門知識を問いかけた分”だけ”、
丁寧に回答してくれる生成AIは自己肯定感を高めてくれるメンターであり、
若手技術者から見ると不必要と感じる面倒な指導や指摘が無いことも、
そのメンターとしての立ち位置を高めることになります。

 

こうして、意図せず生成AIによって若手技術者は”マインドコントロール”された状態に陥っていきます。

 

これこそが”妄信と依存の始まり”です。

 

 

 

付焼刃の様な技術的専門知識への指摘に反発するのが妄信と依存の初期症状

 

若手技術者が行った報告に対し、リーダーや管理職が

 

「この現象を説明する理論はそれではなく、このように解釈すべきだ。」

 

と指摘した際、

 

「自分は絶対にそうではないと思います」

 

と、以前より意固地に反発するという場面に遭遇したことはないでしょうか。

 

 

 

性格としてそのような主張しかできない若手技術者も一定数いますが、
突然変わったように主張を始めたのだとすると、
生成AIへの妄信と依存が始まっている可能性があります。

 

特に若手技術者が経験不足を飛び越えたような高度な理論を主張し始めたときは要注意です。

 

 

このような状況が続くと、若手技術者として最悪の状況に直行となります。

 

 

 

 

 

若手技術者の生成AIへの妄信と依存で生じる最大の問題は”孤立化”

 

生成AIへの妄信と依存で生じる最大の問題は、

 

「孤立化」

 

です。

 

 

何故孤立化につながるのか述べていきます。

 

 

 

生成AIが提供できるのはあくまで”知識”であって”知恵”ではない

 

将来的にも大きくは変わらないと思いますが、
生成AIの供給する情報は”知識”としてはある程度のレベルまで行くとしても、

 

「実践の伴う”知恵”には絶対に到達できない」

 

と考えます。

 

 

知恵については過去の連載でも述べたことがあります。

 

 

※関連連載

 

若手技術者戦力化のワンポイント 第3回 若手技術者育成の第一歩目に何をすればいいのかわからない(工場マガジンラック 日刊工業新聞社)

 

 

 

生成AIが知恵に到達できないことは検証継続中

 

私自身は評論家になるのが怖いため、
今回のテーマである生成AIについては自分でも活用し、また検証を続けています。

 

 

このような取り組みで見えてきたものとして、
知識を超えて知恵に近い回答を生成させることを可能にするものも出てきていることを把握しています。

 

 

ただし、これらはメディアで取り上げられるような一般汎用の生成AI(主にLLM)とは異なり、
自らの手でカスタマイズするものです。

 

ノーコードのアプリが一般的になってきたことが、このような選択を可能にしています。

 

このように自分なりに工夫して組み立てた生成AIは知恵にまで到達はできていませんが、
それに近い応答ができるレベルまできました。

 

ただ、最後の最後は自分自身の実経験に基づいた判断をしないと、
本質的な回答は示すことはできないことを確認しています。

 

同じことを汎用的な生成AIで行うと、上記で私が取り組んでいるAIと比べてはるかに表面的であることも検証済みです。
さらに事実と異なる内容も含まれることも珍しくありません。

 

 

しかし多くの若手技術者が使うであろう生成AIはこのような汎用的な生成AIです。

 

手軽かつ準備なくいきなり使えるからです。

 

この前提を考えれば、そこで得られる知識も広さという意味で強みはあるもののあくまで表面的であり、
かつ誤りも含まれることがあるのです。

 

 

以上の通り、今のところ知識以上、知恵未満までは来ているとの理解ですが、
知恵に近づこうとすればするほど個々人の経験値が効いてくるので、
AIのアルゴリズムで相当の重みづけを行わない限り、知恵にはならないと考えます。

 

どの重みが重要かは状況によって変動するため、
最適解を目指したアルゴリズムではこのような臨機応変なパラメータ調整は難しいからです。

 

多様性が基本にある研究開発の最前線で人間に代替できるようなことは、
少なくとも現段階では困難でしょう。

 

 

なお、AIのアルゴリズムの概要については過去にも別事業のコラムで取り上げたことがあります。

 

※関連コラム(技術者育成ではなく、FRP事業でのコラムです)

機械学習のFRPへの適用の現状

 

 

 

自分の中で技術的専門知識習得が完成できるという心理が作る壁

 

話を孤立化に戻します。

 

若手技術者には残念ながら知識と知恵の区別はつきません。
本人に技術業務の実務経験が少ないことを考えれば当然とも言えます。

 

 

こうして生成AIによってもたらされる知識がすべてと認識してしまうと、

 

「自分は技術的専門知識を習得できるツールを手に入れた。
ここからは自分のプライドを守るため、そしてストレス源でもある技術チームの他の技術者達から距離を取ろう。」

 

という考えに傾倒するでしょう。

 

 

 

その結果、技術チーム内でのコミュニケーションを軽視し、
必要以上にやり取りをしないようになります。

 

 

初期の頃はリーダーや管理職もコミュニケーションを取ろうとし、
またその必要性を説くと思います。

 

しかし若手技術者による拒絶が繰り返されれば、
徐々にリーダーや管理職だけでなく、
中堅やベテラン技術者と若手技術者の間の距離が広がっていきます。

 

 

こうして若手技術者は孤立化していきます。

 

 

 

孤立化した若手技術者の行く末は厳しい

 

仮に若手技術者の孤立化が進行したとします。

 

孤立化した若手技術者は通常評論家になる傾向があり、
生成AIがそれを助長する流れが加速していくと予想します。

 

 

 

生成AIがもたらす知識は一般情報に過ぎないことを見失う

 

そもそも生成AI(特にLLMの様な汎用的な生成AI)で得られる知識は若手技術者だけでなく、
言ってしまえば社内、そしてLLMであれば世の中のだれでも獲得できる一般情報でしかありません。

 

しかし生成AIに依存することしか知らないと、
客観的に見れば当然ともいえる前述の事実を見失ってしまうのです。

 

 

 

若手技術者育成で最重要の実務経験獲得のチャンスを失う

 

ちょっと調べればわかるような情報をかざす評論家に、
新しい技術業務を任せようという判断はリーダーや管理職はしないでしょう。

 

 

こうして若手技術者は様々な技術的業務の実践経験蓄積の機会を失うことになります。

 

 

知識がどれだけあっても、そこに実践経験が伴わなければ知恵を獲得できません。

 

そして年齢を重ねることで若手技術者最大の武器である若さを失い、お荷物社員へと変質していきます。

 

 

※関連コラム

 

技術者にとって回避したい 丸投げ 思考

 

 

 

若手技術者にこのような道を歩ませないため、若手技術者育成の観点から取り組むべきことを考えます。

 

 

 

 

 

若手技術者の主張の根拠となる紙媒体の技術情報を共有させる

 

技術業務の実務経験があるリーダーや管理職であれば、
若手技術者の技術的内容に関する主張に違和感を感じることもあるでしょう。

 

その時にそれを正面から正論で指摘すると既述の通り若手技術者がプライドを傷つけられたと感じ、
リーダーや管理職との距離を広げる可能性があります。

 

 

 

そこで若手技術者に伝えてほしいのが、

 

「言いたいことは分かった。では、その主張の根拠となる紙媒体(もしくは、紙媒体のデジタルデータ)を共有してほしい。
それについて皆で議論しよう。」

 

という、否定せず、根拠を示したうえで”議論しよう”という姿勢です。

 

 

 

若手技術者に根拠として示させてほしいのは、
専門書や学術論文など、紙媒体としての出版が行われている情報限定となります。

 

昨今のデジタル化やペーパーレス化を鑑み、
デジタルデータとして出版されている書籍や学術誌でも問題ありません。

 

 

生成AIはもちろん、Web検索であったのでというのはNGです。

 

情報の妥当性を判断する技術業務実践経験の不足する若手技術者は、
デジタル媒体情報に依存してはいけません。

 

技術情報の質という観点でいえば、
媒体を紙(もしくはそれに準ずるデジタルデータ)に限定するだけで、
圧倒的に向上する傾向にあります。

 

この辺りは過去のコラムや連載で何度か取り上げています。

 

 

※関連コラム/連載

 

若手技術者に技術の本質を理解させるための具体的なアプローチがわからない

 

若手技術者の自主的な技術学習に適した参考書

 

若手技術者戦力化のワンポイント 第2回 若手技術者が技術の本質を理解していない(工場マガジンラック 日刊工業新聞社)

 

 

 

 

 

若手技術者が示した根拠をベースに中堅・ベテラン技術者との議論の場を設定する

 

根拠を調べさせて終わりでは片手落ちです。

 

その根拠の妥当性について仮にリーダーや管理職が判断できたとしても、あえて、

 

「次の技術チームミーティングで中堅・ベテラン技術者と議論の場を設定するので、
そこで根拠を示しながら自分の主張をしてほしい」

 

と述べ、若手技術者に”技術的議論の場”を提供してください。

 

 

 

事前資料作成に若手技術者の工数を使わせない

 

技術的な議論を行うとなると、事前資料が必要と考えるリーダーや管理職の方もいるようですが、
基本的にはそのようなものは不要です。

 

 

根拠となる情報から抜粋したものをプレゼンするといったレベルのことは適宜行えばいいですが、
個人的にはそれさえも必要ないと思っています。

 

強いて言えば根拠となる媒体情報を印刷して、出席者に配布するという程度でしょう。

 

中堅・ベテラン技術者であれば、
仮に若手技術者の発表が分かりにくいとしても主張の骨子は理解できるはずで、
その主張に対して中堅・ベテラン技術者は意見を述べ、
それに対する若手技術者の意見も聴けばいいのです。

 

 

 

口頭だけの議論にならないようホワイトボードは準備する

 

ホワイトボードは有った方がいいでしょう。

 

議論を誘発するには図示化は重要であり、
それを手書きでやることで議論がさらに闊達化することが期待できます。

 

事前資料作成というハードルを上げることで、
若手技術者に不必要な工数を割いてはいけません。

 

 

 

※関連コラム

 

若手技術者からの相談や提案を阻害してしまう指示

 

 

 

リーダーや管理職は技術的な議論を促す役割に注力する

 

リーダーや管理職は時間管理はある程度しながらも、
議論を誘発させることに注力し、
若手技術者が本当の専門家である技術者との議論を促してください。

 

議論が止まってしまい、しかしまだ議論すべき点が残っていると思えば、
リーダーや管理職から問題提起をするというのもいいでしょう。

 

いずれにしても若手技術者に技術的な議論するという体験をさせることが最優先です。

 

 

 

 

 

技術的な議論を経て出てきた疑問点や確認点を実験で検証する

 

技術的な議論は重要な一歩ですが、若手技術者にはさらに踏み込ませることが肝要です。

 

 

最重要なのは、

 

「技術的な議論を経て出てきた疑問点や確認点を”実験”で検証する」

 

ことです。

 

 

 

技術的な議論の中で、若手技術者の主張と中堅・ベテラン技術者の主張が異なることもあるでしょう。

 

このような議論が大変重要です。

 

異なる主張のどちらが”事実”なのかを、実験で検証することを若手技術者に経験させてください。

 

 

 

技術的な議論と実験での検証の重要性を若手技術者に理解させれば孤立化を防げる

 

前出の経験は、技術的主張の正しい、間違っていることを決めるのが目的ではありません。

 

 

 

最重要の目的は、

 

「得られた知識を技術的な議論を通じて磨き、疑問に思ったこと、知りたいと思ったことを実験で確認するという技術者の普遍的スキルを高める定常業務フローを、若手技術者に体感させる」

 

ことにあります。

 

 

技術者の普遍的スキルは、

 

「議論と実験の両輪」

 

によって向上させることが可能です。

 

 

 

実験の結果、若手技術者の主張が合っていればそれは技術チームとして新たな知見であり、成果です。

 

仮に若手技術者の主張が違ったとしても、実験で確かめて違うと理解した時点で、
それは知識から知恵に変化しています。

 

このような経験したことは、必ず若手技術者の血肉となります。

 

 

独りよがりにならず議論と実験を繰り返すことで、
知恵を身につける技術者へと成長していきます。

 

これが若手技術者育成の本質です。

 

 

 

 

 

最後に

 

生成AIの登場は、若手技術者の”知識”レベルを一気に高めることにつながることは間違いありません。

しかし、製造業の技術者として求められるのは”知識”ではなく”知恵”です。

 

 

生成AIには知恵を伝える力は無く、何より知恵というのは技術的な議論と実験という、
大変地味で泥臭く、時に人とのぶつかり合うことでしか得ることはできません。

 

このようなことは効率が悪いと感じる若手技術者を責めるつもりもありません。

 

自分が若手技術者の頃は似たようなことを考えていたからです。

 

 

間違いなく言えることは、

 

「技術者としての成長には、絶対に時間がかかる」

 

ことです。

 

 

簡単に手に入れられるものは、それだけ本質とはかけ離れているということなのです。

 

 

若手技術者がそれを理解することはなかなか難しいかもしれませんが、
そのような部分を理解するリーダーや管理職が粘り強く若手技術者との会話を通じて信頼関係を構築し、
若手技術者が孤立化しないよう、育成に取り組むことが企業組織の技術力強化の近道です。

 

 

ご参考になれば幸いです。

 

 

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