技術的な機密情報を隠すことだけを教えていては技術者は伸びない
公開日: 2026年2月23日 | 最終更新日: 2026年2月21日
タグ: OJTの注意点, メールマガジンバックナンバー, 内向き志向, 技術コミュニケーション, 技術者の普遍的スキル, 技術者人材育成, 機密, 特許, 異業種協業

今回は技術的な機密情報の取り扱いに対する若手技術者への適切な指導について考えます。
機密情報の取り扱いに関する考え方は年々厳しくなる傾向
研究開発業務は技術系業務の中で、
技術的な機密情報に触れる可能性が最も高い職種の一つです。
研究開発が既存技術の発展や新技術の創出を生業とすることを踏まえれば当然といえます。
最近は企業規模を問わず機密情報の取り扱いは厳しくなる傾向にあります。
社内であっても情報源のアクセスへの権限設定、入退出管理などは今や常識です。
同時に技術的な機密情報漏洩に関するリスクも変化しています。
今までは研究開発であれば従業員である技術者の過失や意図的な漏洩が最大リスクでしたが、
昨今は脆弱性を突いたサーバーへの不正アクセスなど、その手段は複雑化しています。
このような背景もあって、どの企業も機密情報の取り扱いについては必ず研修などを行い、
情報のやり取りには少なくとも機密保持契約や機密保持誓約を締結させることを徹底しています。
技術者にとって触れることの大部分は技術的な機密情報
研究開発はもちろん、他の業務に携わる技術者であっても、
機密として触れることが多いのは”技術的”な機密情報です。
なお、技術的ではない機密情報の一例は人事や個人情報に関するものです。
最も重大な技術的な機密情報は”それをもって簡単に真似されるもの”
化合物の合成条件、加工条件はもちろん、
新製品の技術仕様など、
「その情報があれば容易に模倣できる」
ということが最も重大な技術的な機密情報です。
特に目視ですぐに真似される形状や形態に関するものは注意が必要です。
本当に重要な技術的な機密情報に関する出願はしない
知財を守るには特許や実用新案をはじめとした出願行為がありますが、
本当に重大な技術的な機密情報については出願をしない戦略も時に重要です。
特許は公開が原則である上、
海外はマドプロなどを使いながら相応の費用を支払って出願をしなければならず、
それだけでは想定していなかった国で権利を模倣されるリスクはゼロにできません。
製品のリリースと同時に例えばその形が公開されてしまうようなものは出願が鉄則ですが、
組成物や製造条件はむしろ社内ノウハウとして保管しつつ、
成分分析を困難にする模擬物質を混入させるなどの対応のほうが妥当といえます。
特許については過去のコラムでも取り上げたことがあります。
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技術的な情報を隠すことばかり教えていては若手技術者は伸びない
ここからは技術者育成の観点から技術的な機密情報に関連した話をします。
まず意外に思われるかもしれませんが、
「若手技術者に技術的な情報を隠すことばかり教えていると伸び悩む」
というのが技術者育成から言えることです。
この議論を深めるにあたり、
いくつか触れておくべき情報があります。
企業で技術的な機密情報としているはそこまで新規性が無いか真似が困難であることが多い
ここからは様々な企業での技術指導を通じて筆者が感じていることを、
前提として述べたいと思います。
意外と思われるかもしれませんが、誤解を恐れずに記載させていただくと、
企業において技術的な機密情報として定義されているものは、
当事者が考えるよりもより俯瞰的に市場目線で見るとそこまで新規性がないことが多いです。
気持ちはわからないわけではないのですが、
例えば私の専門領域を例にとると、技術的知見と経験を有し、
かつ第三者目線から見てなぜそこにそれほどそれを隠すのにこだわるのか理解に苦しむものもありました。
もちろん業界が異なれば状況も異なるのですべてとは言いませんが、
極端に異なるというものではないだろう、
というのが今のところ私の実体験ベースでの考えです。
当人たちにそのプライドがあり、
そして技術的な機密情報としての意味を感じて管理すること自体は、
当然ながら第三者が口をはさむことではないことは加筆しておきます。
逆にそもそもその技術的な機密情報を教えられても、まず真似はできないだろう、
というケースも同じくらい多いです。
特殊な設備が必要である、または完全に人依存の工程など、
確かに技術的な機密情報であることに疑いの余地はないのですが、
他社がまねをするのはほぼ不可能だろうというケースもあります。
このような模倣困難な技術情報は後述の通り、
むしろ自社技術の強みとして発信して他社に活用してもらう、
といった思考の転換が必要ではないか、というのが私の考えです。
技術的な機密情報に対してすべて隠すことに執着する企業組織の課題
前述の通り、技術的な機密情報の管理について気を使うことは必要不可欠であり、
若手技術者も当該情報の取り扱いを理解することは重要です。
一方で何でもかんでも技術的な機密情報として、
かつこれらを”隠す”ことに執着することによる課題にも目を向ける必要があります。
最大の課題は企業間のコミュニケーション障害
課題として感じているのは必要以上にどのようなものでも技術的な機密情報とし、
それを隠すことばかりに執着する企業では、
「他社とのコミュニケーションに難がある」
ことも多いことです。
「自社技術を徹底的に磨き上げて一本足で自立する」
という覚悟があれば別ですが、
多くの製造業企業において異業種技術協業は、
今や新技術の創出や既存技術の発展には欠かせない取り組みです。
しかし企業間でのコミュニケーションがうまくいかないと異業種技術協業が困難となり、
本取り組みを通じて醸成されるであろう異業種技術への好奇心という、
若手技術者が早い段階で身につけるべき技術者の普遍的スキルを習得できない課題へとつながっていきます。
これは企業の技術力の伸び悩みという、
結果的に組織の問題へとつながることになります。
現場でのコミュニケーション障害の源泉は”隠さなければならない”という強迫観念
何故企業間でのコミュニケーションに障害が発生するのかについては、
技術的な機密情報を”隠さなければならない”という指示事項に由来します。
異業種技術企業間での会話において重要なのは、
「お互いが何を求めているのか」
という相互理解です。
求めていることを述べようとすれば、
話の内容が技術的な機密情報に近づくことは避けられません。
ここで”隠さなければならない”という考えが優勢になると、
相手に自分が何を求めているかの内容伝達精度が低下します。
当該低下は結局のところ相手から見て壁になり、
その一方でその相手から情報だけ取ろうとすると今度は心理的な距離が開きます。
こうして異業種協業は収束していくことになります。
回避策については過去のコラムでも取り上げています。
※関連コラム
ここまでの情報を踏まえ、技術的な機密情報を念頭に置きながら、
若手技術者にどのような指示を出すべきか、
技術育成の観点から考えます。
自社の技術的な強みを整理し発信させることで技術情報発信力を鍛える
結論から言うと、
「自社の技術的な強みを整理し発信させることで技術情報発信力を鍛える」
となります。
以下、具体的な手順を述べます。
自社技術の強みの抽出が第一歩
第一段階として、リーダーや管理職は若手技術者と、
技術的な機密情報も含めながら自社技術の強みを議論してください。
ここでいう自社技術の強みは、
スケールを落として若手技術者の属するチームの技術的な強みでも構いません。
社内議論なので技術的な機密情報に触れても問題ないはずです。
この議論を通じて後述する発信情報の中身を精査できることに加え、
若手技術者が自社技術を理解するきっかけをつかむことができます。
このようにして抽出された自社技術の強みを、
文書やスライドにまとめます。
自社技術の強みの議論内容に開示不可の技術的な機密情報が含まれていないか確認
リーダーや管理職は整理できた自社技術の強みに関する情報の中に、
”第三者向け”に開示できない技術的な機密情報が含まれていないかをよく確認してください。
ここのリスクヘッジはリーダーや管理職の役割です。
自社技術の強みを”若手技術者が”対外発信する機会を提供する
技術的な機密情報が含まれていないと確認できた後は、
「自社技術の強みを対外発信する」
機会を”若手技術者”に与えてください。
自社のHP、自社の技術資料、学会の発表、他社との交流会など、
その選択肢は様々だと思います。
重要なのは、
「その情報を”社外”向けに発信する」
ことです。
社外に見てもらうという外的刺激は、
技術的な機密情報を隠すということに神経を使う若手技術者に、
後述の通り、時に情報は適切に発信しなければならないという考え方を理解させるきっかけとなります。
望ましい副作用として、第三者に情報発信することは第一人者として社外から見られることになるため、
若手技術者のモチベーションを高めることにもつながります。
対外発信は怖くないことを若手技術者に理解させる
このように技術的な機密情報も本来含まれる技術情報も、
何が技術的な機密情報か、そうでないかを適切に分別、選定できれば対外発信して大丈夫であるという安心感を、
この取り組みを通じてリーダーや管理職は若手技術者に与えてください。
すべてを隠すのではなく、必要に応じて積極的に発信することができると理解させるのです。
若手技術者が見落としがちな自社技術の強み理解と技術情報発信の重要性
この取り組みを技術者育成の観点から理解しておくべきポイントがあります。
まずは
「自社技術の強み理解」
です。
企業に入ると、技術業務の多くは”課題の解決や改善”に関するものとなります。
決して後ろ向きではないのですが、華やかなイメージとは離れています。
このような業務で忘れられがちなのが、自社技術の強みです。
現場の技術者たちが自分たちはどこに技術的な強みがあるかを理解するのは、
企業の技術力を生かすにあたって不可欠ですが、
なかなかそのような強みを理解する機会はありません。
この取り組みはそれを強制的に行うことになります。
ここで養われるのは自らを客観的に見る、いわゆる論理的思考力です。
さらに技術情報発信には、
技術的なバックグラウンドの無い人たちにどう理解してもらうかという視点が不可欠です。
これは前述の論理的思考力に加え、
相手を意識しながら複雑な技術内容を分かりやすく記述するという、
技術文章作成力の醸成につながります。
さらには既述の通り情報発信によって他社とのコミュニケーションが活性化するという意味では、
異業種技術への好奇心を高める効果も期待できるでしょう。
まとめ
技術的な機密情報の取り扱いは若手技術者が理解すべき基本知識の一つです。
一方で異業種技術協業が不可欠な企業間コミュニケーションにおいて、
当該機密保持の”隠す”という基本思考が障害となることも多い。
そこでリーダーや管理職は技術的な機密情報の取り扱いに配慮をしながらも、
若手技術者に自社技術の強みを対外発信させることで、
隠すだけでなく”発信する”ことの重要性を理解させることが肝要です。
若さによる柔軟性を有する若手技術者たちは、
このような取り組みを通じて技術的な機密情報の取り扱いに関する理解を深め、
同時に異業種技術協業に必要な技術者の普遍的スキルを高めていくでしょう。
技術情報は隠すだけでなく、時に積極的に出していくことで新たな技術の創出や発展につながることを、
是非若手技術者に理解させてください。
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