若手技術者に知的好奇心を持たせたい
公開日: 2024年3月11日 | 最終更新日: 2024年3月11日
タグ: OJTの注意点, メールマガジンバックナンバー, 内向き志向, 技術者のモチベーション, 技術者の自主性と実行力を育むために, 技術者人材育成, 異業種協業, 要素技術醸成
技術者育成で大変重要なのは、育成対象である若手技術者に知的好奇心を持たせることです。
知的好奇心はその後、探求心へとつながり、
それが技術者育成の大前提である向上心にも好影響を与えます。
逆にこれらが不足するとリーダーや管理職がどれだけ熱心に技術者育成に取り組んだとしても、
若手技術者は受け身となってしまうでしょう。
技術者育成に労力をかけたリーダーや管理職にとって、
これほど残念なことは無いと思います。
このような状態を回避するため、若手技術者に知的好奇心をどのように持たせるかについて考えてみます。
身近にいるリーダーや管理職が知的好奇心を示し、共有するのが最も効果的
若手技術者に知的好奇心を持ってもらう取り組みで、
最も効果があるのはリーダーや管理職自身が知的好奇心を見せることです。
さらに重要なのがその好奇心を若手技術者と”共有する”ことです。
リーダーや管理職も独りよがりにならず、
若手技術者に自らの知的好奇心を言葉と行動で示すことが求められます。
知的好奇心を共有するための情報源の一例はマスメディア
研究開発を中心とした技術者の業務に関連する知的好奇心というと、
学会誌や学術論文を情報源とすべきと考えるかもしれません。
しかし若手技術者はまだ自らの業務を俯瞰的に見る余裕がなく、
日々の業務で精一杯であることが一般的です。
そのような状態で学術論文や学会誌となると、
高尚な内容と身構える可能性もあります。
若手技術者の方の能力が足りないという意味ではなく、
気持ちに余裕がない時にそのような情報に関する話をされても、
楽しく傾聴する余裕がないと考えられると言いたいのです。
若手技術者に知的好奇心を持ってもらうという目的については、
より身近な情報を題材にすることが望ましいでしょう。
ここで、マスメディアの情報がその候補となります。
マスメディアの情報に少しだけ技術的な考察を加えるのがポイント
業界紙でなく一般の新聞や雑誌でも知的好奇心を持ってもらうための題材は多くあります。
しかしその情報をそのまま伝えるのでは、
これらの情報媒体で記事を執筆した方の範疇を超えられません。
これでは技術者の知的好奇心を持たせるところまで到達できないでしょう。
ポイントはマスメディアの記事に、
少しだけでいいので技術的な考察を加えるのがポイントになります。
マスメディアの情報に技術的考察を加える事例
ここで上記の具体例を示したいと思います。
門外漢の技術領域の解説も含まれるため、
的がずれている可能性があることはご了承ください。
あくまでマスメディアの情報を技術的に掘り下げ、
考察を加える、すなわち自分なりの考えを付加するイメージ理解が主目的となっています。
民間ロケット「カイロス」打ち上げ延期
民間ロケット「カイロス」打ち上げ延期 期日は未定(産経新聞)
上記の記事は民間初のロケット打ち上げに関する記事です。
例えば以下のような掘り下げ方があります。
固体燃料モータケースにはCFRPを使っている
固体燃料は従来の液体燃料よりも管理が楽であるため、
打ち上げまでの期間短縮にも効果があるとされています。
カイロスで固体燃料が使われたのはそれが理由だと思います。
そしてカイロスのモータケースにはCFRPが使われているとspace oneのHPで述べられています。
CFRPは炭素繊維と高分子である樹脂を組み合わせた複合材料で、
軽量で強いという特徴があります。
ただし、強い異方性があるため特定の方向には材料特性が高い一方、
異なる方向、例えば垂直方向の特性は大幅に低下する等、
設計と作り方に技術的知見が必要です。
設計でいえば面内と層間、
製造でいえば樹脂の硬化挙動を比熱変化で捉えることもポイントです。
機械的な視点と化学的視点、両方が必要なのです。
また宇宙産業における軽量化は大変重要で、
ロケットエンジンの推力が決まっていることを考慮すれば、
1kg筐体を軽くすれば例えば搭載する衛星の重量を1kg増やせるなど、
メリットが大変大きいのが特徴です。
そのためコストを考慮する必要性がある一方で、
CFRPのような軽量の複合材料を適用する明確な動機があることが、
この材料選定思想の背景にあることを理解することが重要といえるでしょう。
またCFRPは材料費の高さだけでなく、
大量生産に向かず、少量多品種の製造に向いているのも特徴です。
年間数千万台以上を作るような四輪、二輪と違い、
ロケットは数機から数十機という少量生産であるため、
CFRPを適用する戦略が妥当であるのも見逃してはいけません。
人工野菜、効率化し軌道に 「もうからない」から脱皮
人工野菜、効率化し軌道に 「もうからない」から脱皮(各地方紙:本リンクは一例)
光、温度、湿度などを人工的に制御して、
天候依存からの脱却を目指した植物工場に関する記事です。
温湿度だけでなく光の波長を制御することがポイント
この内容で興味深いのは温度や湿度、並びに光量や照射時間だけでなく、
光の波長を最適化したのがポイントだと考えます。
本特性を応用したのが「植物の成長促進に効果のあるフィルム」です。
※参照情報
植物の成長を促す塗布型の光波長変換透明フィルムを開発~次世代農林水産工学への応用展開に期待~(工学研究院 教授 長谷川靖哉)
技術の趣旨は植物にとって有害な紫外線を葉緑素が主として吸収する赤色光に変換する、
すなわち”光の波長をより長いものに変化させる”という機能があるようです。
このフィルムは例えばビニールハウスのフィルム材料に使うことで、
野菜の栽培効率向上に貢献すると期待されています。
記事として紹介した技術ではLED等の電力を使うことで光を制御するのに対し、
上記のフィルムに関する技術はそれと異なるアプローチで、
基本的には太陽光を活用した戦略と言えます。
LEDのような安定的な制御はできませんが、
フィルムであれば電力は不要というのが強みと考えられます。
光の波長変換を担うのはユウロピウム(Eu3+)であることなどが、
以下の学術論文で述べられています。
ユウロピウムは原子番号64で特異な発光特性を有することから、
夜光塗料にも使われています。
身近なものだと蛍光灯(電球型蛍光灯を含む)の蛍光体にもユウロピウムは含まれています。
このように比較的身近な元素を用い、
見方を変えて農業に適用しようという考え方は、
光の世界だけ、農業の世界だけという、限られた”技術だけ目線”では到達できないでしょう。
技術者の普遍的スキルの一つである「異業種技術への好奇心」が必須である事を示す好例かと思います。
より詳細を見たい方は以下の論文掲載サイトをご覧いただくと良いと思います。
Open Accessなのでどなたでも読むことができます。
※参照情報
Plant growth acceleration using a transparent Eu3+-painted UV-to-red conversion film
ここで紹介した技術においては、
ユウロピウムを市販フィルムに塗工するやり方が主として述べられています。
ユウロピウムと市販フィルムの密着性をどのように実現し、
その耐久性をどこまで求めるのかといったことが技術的ポイントとなると考えます。
身近な話題から”少しだけ”技術に深入りする
今回は2例ほど紹介しましたが、
どちらもそれほど深く技術的内容に立ち入っていません。
しかしながら、マスメディアの情報では得られない技術的内容を肉付けしていることに気が付いたかもしれません。
若手技術者に話をしようとするリーダーや管理職の方が知っている世界の事であれば、
このような肉付けはそれほど難しくありません。
しかし知らない世界であっても、
既述の異業種技術への好奇心をもって、
正確な技術情報が記載された情報媒体を調べれば、
全くの異業種技術であっても技術的内容の深掘りはある程度可能です。
”少しだけ”技術に深入りすることで、
マスメディアの情報も若手技術者の知的好奇心醸成につながる技術情報へと変化します。
このような考察、すなわち
「技術者として情報の何が技術的ポイントなのか、それに対して自分はどう考えるか」
という観点からの技術的内容の付加は技術者しかできません。
職種の強みを発揮する場面の一つではないでしょうか。
身近なものを例に出す
もし身の回りに使われている技術に関連するのであれば、
そのような事例を述べるのも一例です。
上記の2つ目の例のユウロピウムの蛍光灯への適用はそれを意識したものになります。
特に材料、素材、化学系のものは目で見えないものが多いため、
身近な製品として適用している事例を示すことで、
技術が仕事だけのものではなく普段触れているものなのだと親近感がわくと思います。
情報に対する親近感も、知的好奇心をくすぐるために大変重要となります。
より詳細を知りたい場合はその情報の入口を示しておく
好奇心をもってもう少し知りたい、調べたいという若手技術者も中にはいるでしょう。
そういう方々向けには、技術詳細への情報の入口を用意してあげると良いと思います。
既述の例で学術論文を参照したのは、
情報の入口を示したかったことによります。
口頭の場合は、
「もっと知りたいのであれば学術論文も読めるよ」
といった言葉をリーダーや管理職から若手技術者にかけ、
興味を示すようであればメール等で共有すればいいと思います。
まとめ
若手技術者に知的好奇心を持たせるのは、
技術者育成を持続的なものにするため大変重要です。
成長したいという向上心が育成対象である若手技術者に無ければ、
技術者育成の取組み効果が大きく低下するからです。
ただし若手技術者も日々の仕事を覚えるのに必死で心理的余裕がないのも事実。
リーダーや管理職がこれを配慮できるのであれば、
マスメディアという身近な情報を題材に少しだけ技術を深掘りし、
また異業種技術の内容にも触れながら、身の回りに存在する技術であることを若手技術者に教えてください。
このような外の情報を若手技術者との普段業務の雑談等に取り入れることで、
会社内という閉塞感のある環境に視点をとどめる必要はないことが、
若手技術者にも伝わるでしょう。
一朝一夕では効果が出ませんが、
リーダーや管理職が若手技術者に知的好奇心を持たせたいのであれば、
まずご自身が動き出し、それを粘り強く続けることが肝要です。
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