技術データの確からしさを担保するにおいて何が最重要か Vol.149

製造業における技術者にとって、最も重要な業務の一つが

 

「技術評価」

 

です。

 

 

 

機械系であれば強度/弾性率や動的応答、光学的性質、
化学や薬学系であれば元素組成や化学構造といったものに対する評価がその一例です。

 

技術評価というと研究開発業務をイメージされる方も多いようですが、
ものづくりの現場である工場であっても例外では有りません。例えば、

 

 

「工程の最適化や管理基準を変更する場合、それを行うことが妥当か否か」

 

 

は現場でデータを蓄積した上で、技術的な検証をはじめとした評価を行い、
判断しないことには何も言えません。

 

 

感情や主観性を排除できる技術評価に基づく技術データは、
製造業に属する技術者全員の「武器」といえます。

 

 

 

しかしながらその武器が「本当に武器になるのか否か」にはいくつかの重要な確認事項があります。

 

 

その一つが、

 

 

「その技術データは本当に正しいか」

 

 

というものです。

 

 

 

 

 

技術データは正しい基準データという土台の上でのみ得られる

 

Photographed by Markus Spiske

 

技術評価によって得られる技術データは、
様々な試験、分析、計算等を通じて得られるものです。

 

ここにはソフトウェアやPCの働きはもちろんのこと、
それらの作業を行う技術者の力、
そして入力される数値パラメータがその基盤となっています。

 

 

この中で、

 

「入力数値の確からしさ」

 

というのはあまり重要視されないことが多いと感じています。

 

 

 

技術評価の一例として、あるものの密度を求めたいとします。

 

多くの場合、純水の中に対象物を沈めた際の重量変化から体積を算出するという、
アルキメデス法を用いると思います。

 

これはアルキメデスの原理によるものです。

 

以下のような動画も公開されています。

 

 

流体の中で静止している物体が、
周囲の流体が及ぼす圧力の合力として受ける浮力は、
重力と正反対でその大きさは物体を周囲の液体で置き換えた時、
それに生じる重力と等しい、というのがその説明です。
(上記の文言は理化学辞典の文言を基本に記載しました。尚、意味は変化させずに一部変更を行っています。)

 

 

言い換えると、水などの液体に物体を沈めた時、
その物体が押しのけた液体の質量と同じ浮力を受けるということになります。

 

 

よって、物体の質量を計測した状態で液体に沈める前後の重量差を計測できればそれが浮力となり、
この浮力が物体が押しのけた液体の体積と等しいため、
液体の密度がわかれば、物体の密度も求められるという非常に原始的な計測、
つまり技術評価の一つです。

 

 

しかしここで技術的には大変重要なポイントがあります。

 

 

物体を沈めた際に流体を吸収しないか(吸ってしまうと、浮力が変化するため)といった工程についてはもちろんですが、何より、

 

 

「計測を行った時の流体の密度は正しいか」

 

ということがあります。

 

 

 

上記のアルキメデス法によって密度を求める場合、その確からしさは、

 

「物体を沈める流体の密度が正しい」

 

というのが前提条件となっているのです。

 

 

このような技術データを「基準データ」と呼ぶこともありますが、
技術者はこの基準データに注意を払うという姿勢が強く求められます。

 

 

 

例えば上記の流体が純水だとします。

 

いい加減な技術者だと、水の密度は大体1だから1で良いだろうとなります。
もう少し注意を払える技術者だとインターネットで検索するはずです。

 

しかし、本来技術者が基準データについて調べるべきはインターネットではなく、

 

 

「データの確からしさが担保されている文献」

 

 

となります。

 

 

 

最も代表的な文献は、例えば「理科年表」です。

 

※理科年表(丸善出版)
https://www.rikanenpyo.jp/

 

このようなデータの宝庫が、この値段で手に入る日本は本当に素晴らしい国です。

 

 

この理科年表を例にすると、1気圧の条件で0から99℃までの水の密度が記載されています。

 

尚、理科年表によると水の密度(g/cm3)は0℃では0.99984、30℃では0.99565、50℃では0.98803です。

 

 

これを見た時に差が有る、無いという個人的な見解を持つ方はいるかと思います。
しかし技術者であれば数値が変動している以上、これは差があるとみるべきでしょう。

 

 

このような基準データに対する意識の薄さによる誤差が蓄積することで、
後に大きな問題になることもあります。

 

 

誤差の増幅という恐ろしい事象です。

 

 

特に基準となるデータに対しては、細かく、かつ確実に押さえるという真摯な姿勢が不可欠です。

 

 

 

 

 

実測データを基準データとする際はn数をできるだけ多く

 

基準データはものによっては、上述したような文献には記載されていないものもあります。

 

その場合は基準データを取得するということから始めなくてはいけません。

 

 

ここで特定条件で得られたデータのみを用いて基準データを決める、
中には過去に行ったn=1という点データのみで当該データを決めるというケースもあるのが現実です。

 

データというのは大変取り扱いの難しい対象物です。

 

例えば良く言われる

 

「データの誤差」

 

ということについて考えてみます。

 

 

実は誤差というのは大きく分けると、

 

「偏差と残差」

 

があります。

 

これらがそれぞれ何を示すか即答できる技術者の方はどれだけいるでしょうか。

 

即答できていない時点で、本当の意味で誤差を理解していない可能性があります。
これは私が日刊工業新聞社発行の機械設計という雑誌で持っている連載でも述べています。

 

概要については以下のサイトをご覧ください。

 

「 機械設計 」連載 第三十四回 FRP動的疲労試験結果分析の基本となる相関分析と回帰分析概要
https://www.frp-consultant.com/2021/10/11/correlation-and-regression-analysis-for-fatigue/

 

概要についてはこの連載を読んでいただければと思いますが、
残差というのは実測値平均と実測データの誤差、
偏差というのは母平均(平均の真値)と実測データの誤差を示しています。

 

 

つまり、多くの技術者の言う誤差というのは、残差の事を言っていることが殆どであることがわかると思います。

 

 

しかし「基準データ」の「誤差」の議論をするのであれば、
「偏差」の話をしなくてはいけません。

 

 

基準データは真値である、もしくはその真値に限りなく近くなくてはいけないからです。

 

 

実際に母平均を求めるのは極めて困難ですが、
標準偏差が未知であっても、
平均平方を用いた母平均に関する検定を行うことで、
母平均の95%信頼性区間を求めることはできます。

 

 

これがわかれば、基準データの母平均の範囲が明確になるため、
少なくとも基準データとして評価すべき「範囲」がわかることになるのです。

 

つまり、95%信頼性区間の最小値と最大値を基準データとした際に、
技術データがどのように変動するのかを見るということが必要です。

 

 

 

このように、技術者は常に技術データということに対して真摯に向き合い、
それに必要な統計学等の知見を鍛錬することが求められるといえます。

 

 

 

 

 

いかがでしたでしょうか。

 

 

技術というとAIやDXといったトレンド用語がもてはやされることが多くなっています。

 

ただしこのような用語で示されるトレンド技術が生きるか生きないかは、
それを用いる技術者側の基本姿勢や知見に左右されることも少なくありません。

 

 

すなわち、技術の受け皿となる技術者の本質的な基礎力有無が勝負となります。

 

様々な情報が飛び交う昨今だからこそ、
技術者は常に地に足をつけながら
地道な鍛錬をするということが求められているに違いありません。

 

 

 

 

 

 

技術戦略支援事業

⇑ PAGE TOP